東京地方裁判所 平成11年(ワ)8785号 判決
原告 小林一郎
右訴訟代理人弁護士 福嶋弘榮
被告 本多貞雄
右訴訟代理人弁護士 恵古和伯
主文
一 被告は原告に対して別紙物件目録記載の建物を明け渡せ。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
主文と同旨
第二事案の概要
一 争いのない事実
1 原告は昭和五八年一〇月二三日に被告に対して別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を、以下の約定により貸し渡した(以下、の契約を「本件契約」という。)。
(一) 賃貸期間 昭和五八年一〇月二三日から五年間
(二) 賃料 一か月金一五万五〇〇〇円(毎月末日限り翌月分支払い)
(三) 保証金 被告は原告に対して保証金として金七二〇万円を預託し、期間満了時にその二〇パーセントを償却して返還する。
2 本件契約の合意更新
(1) 更新の日 昭和六三年一〇月二三日
更新による賃貸期間 昭和六三年一〇月二三日から三年間
更新賃料 一か月金一八万七五〇〇円
(2) 更新の日 平成三年三月二三日
更新による賃貸期間 平成三年一〇月二三日から三年間
更新賃料 一か月金二一万円
(3) 更新の日 平成六年一〇月二三日
更新による賃貸期間 平成六年一〇月二三日から三年間
更新賃料 一か月金二一万(据置)
本件は、原告が被告に対して、更新拒絶の正当事由の存在を主張して、右(3) の更新による賃貸期間が満了する平成九年一〇月二二日に先立つ平成九年二月一日に原告が被告に対して本件契約の更新拒絶の意思表示をしたか、あるいは、少なくとも本訴状において更新拒絶の意思表示をして(なお、本訴に先立ち、原告は平成一〇年に被告を相手方とする調停を申し立て、同調停は平成一一年二月九日に不調により終局した。)、右更新拒絶により本件契約は終了したものとして、被告に対して本件建物の明渡しを求める事案である。
二 争点
更新拒絶の正当事由の存否
三 争点に関する当事者の主張
1 原告
(一)(原告側の事情)
(1) 原告の長男(昭和四八年一〇月生)は関節の変形等の傷害により歩行が困難な状態にあるところ、成人に至った後には、その営業として家業であるゴルフショップを営むこととなっていたもので、原告が本件建物を取得したのも本来原告が長男とゴルフショップを営む目的であった。
現在、長男は成人し、本件建物を使用して営業をする必要が生じている。
(2) 原告は現在練馬区内でゴルフ用具の卸し販売の営業に従事しているが、その店舗は都市計画のために明渡を求められている。
(3) 本件契約の最終合意更新時である平成六年時点で、原告には本件建物を使用する必要があり、その旨を説明したうえで、被告の了解を得て三年間のみ更新に応じたもので、そのために、本件建物の二階、三階は賃貸していない。
(4) 本件建物の一階床下に設置されたポンプは故障し、揚水ができない状態であり、また屋上部分からの雨漏りが激しく屋根部の全面補修が必要である。
(二)(被告側の事情)
(1) 被告は本件建物でクリーニング業を営んでいるが、その営業は被告の娘婿が代表者である株式会社トモエ(以下、「トモエ」という。)の営業の一環としてしている。
同会社は本件建物以外にも多数の営業所を有している。
(2) 本件建物の近隣の不動産状況も貸店舗が多数あり、代替物件の取得は容易である。
2 被告
(一)(原告側の事情)
(1) 原告ないしはその長男の家業については、現在、営業している店舗を使用すれば足りる。
(2) 原告が主張する工事はいずれも賃貸したままで実施することが可能な工事である。
(二)(被告側の事情)
本件建物においてクリーニング業を営んでいるのは被告個人であって、株式会社トモエは何ら関係がない。
被告個人は本件店舗における営業以外に収入はない。
第三裁判所の判断
一 本件契約に関する事情について
1 甲第一号証ないし第四号証、第八号証、第一二号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、以下の各事実を認めることができる。
(一) 原告は、昭和五八年ころ、被告から本件建物の賃借の申し入れを受けてこれを承諾することとしたが、原告としては賃貸期間をできる限り短期間とし、更新は回避したいとの意向であって、また、この点は直接ないしは仲介者を介して被告側に伝達していたことから、本件契約当初の段階で、賃貸期間を通常より長い五年間としたほか、保証金額も本件建物付近の相場金額に比して概ね半額程度の額とすることが合意され、また、賃料も近隣相場より安価に抑えられていた。
(二) その後、本件契約は前記第一のとおりに更新されたが、昭和六三年の更新の際、賃料は原告、被告の合意により、近隣相場の六〇パーセント程度とされ、平成三年の更新に際して、賃料は増額されたが、平成六年の更新の際には、賃料は据え置かれた。
(三) 本件契約の最終合意更新時点である平成六年時点当時、後記認定のとおり、原告は本件建物を長男に使用させる意図を有していたこと等から、本件契約の更新そのものに強い難色を示したが、被告の希望から更新自体は受諾することとした。
(四) その際、原告は、被告に対して次回契約期間満了時には契約の更新をしないことを契約上明記するように申し入れたが、被告の了解が得られなかったために、契約書面上は、原告が右のような希望を述べたことを記載するにとどまった。
以上のとおりに認められる。
なお、原告本人尋問結果によると、最終更新時点で、次回契約期間満了時には更新しないことについては、被告も了解していたとする部分があるけれども、甲第四号証の記載に照らすと、被告が原告のこうした申し入れを受諾したものとまでは認めることはできない。
二1 次に、原告が本件建物を使用する必要性についてみるに、甲第九号証、第一〇号証、第一一号証の1ないし4、第一二号証及び弁論の全趣旨によると、以下の各事実を認めることができる。
(一) 原告はゴルフ部品の卸し、販売を業としており、そのために現在、練馬区田柄五丁目一〇番一四号にプレハブの倉庫兼事務所を賃借して、右の営業を行っている(原告の住居はその肩書地である。)。
(二) 原告が現在使用している右倉庫兼事務所の敷地は練馬区のまちづくり計画にともない、区画道路予定地に含まれており、同道路の開設が具体化した場合には収用の対象となり、その結果、右建物における原告の営業は不可能となる(もっとも、右道路整備事業は、現在、一部進行中のものがあるが、右建物敷地が対象となる道路整備事業については、具体的な収用作業等は進行していない。)。
(三) 他方、原告の長男は現在二六歳であるが、四肢機能障害による身体機能障害者であり(身体障害者等級二級)、原告は、少なくとも、本件契約の最終更新時点当時以降、将来的には、本件建物において、現在営業を行っている倉庫兼事務所から本件建物に移転してゴルフ部品の卸し等の営業をする意向を有しているほかに、右の長男にも本件建物での同種の営業を承継させようと考えている(本件建物は、原告の住居からは極めて近接した位置にある。)。
そのために、平成五年ころから、本件建物の所在する建物の二階については、それまでの賃借人との間の契約を解約して、空き室としている。
2 次に、被告に関する事情についてみるに、(証拠)によると、以下の各事実を認めることができる。
(一) 被告は昭和五三年ころまで自営によりクリーニング業を営んでいたが、昭和五四年ころ、被告の娘の夫である都築建躬(以下「都築」という。)がクリーニング業を目的としてトモエを設立して営業を開始したのにともない、同会社から委託を受けて顧客の注文を取り次ぐ形でクリーニング業を継続することとし、そのための店舗として本件建物を賃借した。
なお、被告はトモエの発起人となったほか、登記簿上は、その取締役に就任している。
(二) そして、店舗の探索から本件契約の締結手続等は、実際には、都築が被告に代わって行ったほか、本件契約締結の直後のころから、賃料はトモエから原告に対して直接に支払われている。
(三) 被告の営業は「クリーニングショップトモエ千歳北口店」の名称で行われているが、被告とトモエ間では、前記のとおり、被告はトモエから委託を受けて、顧客の注文を取り次ぐこととされ、被告が顧客から受領する売上金はいったんトモエに入金された後、その三〇パーセントが被告に支払われることとされ、この収入が被告の生計を支えている。
なお、被告の営業の経費について、本件建物の賃料は前記のとおりトモエから原告に支払われているが、その他の人件費等について、これを現に被告が自己の収入から支出していることをうかがわせる資料はない。
(四) 他方、トモエは、本件建物における被告の取次店以外に、その近隣に二店舗を有しており、そのうち少なくとも一店舗はトモエの直営店である。
(五) 被告とその娘ないし都築との間では格別不和等はない。
以上のとおり認めることができる。
三 以上の各事実から判断するに、本件では、本件契約の締結当初から、少なくとも原告の意向としては比較的短期間で本件契約自体を終了させる意図であったことがうかがわれ、現実にも、これを前提として、保証金額ないし賃料が低減に抑えられたとの事情が認められる。
そして、現状における、本件建物の使用について、原告側では、本件契約の最終更新時以降現在まで、現在、原告が使用している事務所から本件建物に移転してその営業をする意向であることが認められ、右営業場所の移転については、原告の恣意によるものではなく、まちづくり計画といった事情に基づくことが一応推測されるところである。更に、原告は本件建物において、その長男に自己の営業または同種の営業を承継させようという意向を有しており、現時点では、原告の長男が成人に達しており、原告の右の希望はなるべく早期に実現する必要性に迫られているとの事情を認めることができる。
他方、被告も一応その生計の維持を本件建物における営業に依拠していることは認められるものの、本件建物の賃料がトモエから直接原告に支払われていること、被告自身がトモエの役員の地位にあること、被告とトモエの代表者との身分関係、被告とトモエとの間の営業関係の実体等の各事情からみると、被告の営業の実質はトモエの営業所としての性質を強く有するものというべきである。そして、トモエ自体は本件建物における被告の営業店舗以外にも近隣に二店舗を有しており、そのうち一店舗は直営店であることからすれば、これを被告が担当することにより被告の営業を継続することも不可能ではないと認められる。
そうであるとすれば、本件において、本件建物を使用する必要性は被告に比して原告の方が相対的に高いものというべきである。
こうした事情からみて、原告の本件契約の更新拒絶には正当な事由があるものと認められる。
四 よって、原告の本訴請求には理由がある。
(裁判官 神坂尚)
物件目録
所在 東京都世田谷区船橋一丁目一二六番地六
家屋番号 一二六番六
種類 店舗事務所
構造 鉄筋コンクリート造陸屋根三階建
床面積 一階 四六・七六平方メートル
二階 四六・七六平方メートル
三階 四六・七六平方メートル
の一階のうち別紙赤斜線部分(但し、階段部分は階段下のみ)
別紙<省略>